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現象解明に数学は使える!

【数学科】2022年 4月

2021年11月1日より理学部数学科に着任しました秋山正和と申します.今回は,数学が現象の解明に役立つ可能性を秘めているものであるということをお話させて頂きます.さて,唐突ではありますが,私の尊敬する数理科学者の一人である山口昌哉先生の言葉に「数学の持つ,無責任・無節操な体質により,他分野への侵略を止められない」というものがあります.この山口先生の言葉は,「無節操な数学」は他分野に食い込んでいて,「現象を解明しようとする際に,常に現れるものである」という意味にもなろうかと思います.以降では,私の研究を通して,数理モデルを使って現象を解きほぐす過程で,その本質が見えてくるという経験をお話したく思います.

図1:人間の毛の流れ

図2:整然と毛が並ぶ

 図1は,うちの息子(3歳)の頭をてっぺんから撮影したものです.毛が生えていて,“つむじ”があることがわかると思います.このように,生物の体表面には毛が生えていて,それが集団的に方向性を揃える現象が知られています.実は,魚類の鱗,哺乳動物の体毛,鳥類の羽などは全て「集団的に方向性を揃える現象」として生じるものと考えられています.この現象は,専門用語としては「平面内細胞極性」,英語では「Planar Cell Polarity」略してPCPと呼ばれています.昆虫などの体表面にも毛は生えていて(図2参照),その毛根は上皮組織内部の神経節末端に接触しています.我々人間も,毛がないと風を感じる能力が落ちますが,この構造により,毛はセンサーとしての役割を持つことができます.このように「毛」は生物にとって欠くことができない重要な器官であると言っても過言ではないのです.

 さて,このような昆虫類(ショウジョウバエ)のPCPですが,1950年代頃から,生物学(特に分子生物学)で盛んに研究がされてきました.その結果,毛の方向性を決定する上で,重要なタンパクがいくつか同定(※1)されました.

 一方,タンパク群の正体がわかることと,PCPの本質がわかることは別の話です.例えるなら,車のハンドル,タイヤ,エンジンなど,車の細かいパーツがわかったからといって,車を走らせることができないのと同じように,タンパクがどのような相互作用を経て,毛の方向性をコントロールしているかを突き止めることが,次の重要な仕事として残りました.そんな中,2010年に科学雑誌として有名なScienceに論文(参考文献1),が掲載され,タンパクの相互作用を明らかにしたという報告がありました.この論文の詳細までは踏み込みませんが,簡単に言えば,「PCPのタンパク群に関する10変数の数理モデルとその数値シミュレーション結果から,PCPの現象を再現できた」というものです.読者には,馴染みの無い言葉がいくつかあるかもしれません.まず,数理モデルとは,現象を引き起こす可能性のある因子(ここでは,タンパク群)の関係を簡単な数式として表現したもののことです.数理モデルは数式なので,手と頭と紙を使って,計算をすることができるのですが,計算する量が膨大となるケースが多いため,それをコンピュータに解かせる(これを数値シミュレーションという)ことが主流になっています.また,「PCPの現象を再現する」の意味ですが,実際のショウジョウバエでは,タンパク群の働きが通常通りのショウジョウバエ(これを野生型という)と タンパク群の働きを人為的に変化させたショウジョウバエ(こちらは変異型という)を作ることできます.従って,数値シミュレーションにおいてPCPを再現するということは,少なくとも,野生型と変異型の毛のパターンをタンパク群の変化に基づいて説明できていなければいけません.先の論文は「これができたよ」と言っているのです.

この数理モデルは,私の知る限り,PCPに関して最も早く提案された理論モデルであり,かつ,PCPの一側面も再現できていることから,尊敬に値する仕事です.一方,この数理モデルからPCPの本質がわかったか?と問われるとそれはNoと言わざるを得ませんでした.それはなぜでしょうか?実は,この数理モデルは,当時大事だと考えられていた全てのタンパク群(※2)に関する10変数の難しい式(※3)で40個弱のパラメータがありました.少し脱線しますが,テレビドラマで,「ガリレオ」という天才物理学者の湯川准教授の物語がありました.卓越した能力で,事件の謎を科学を使って解明する湯川ならば,一瞬で10変数の偏微分方程式系の本質が理解できたかもしれませんが,通常の人間には不可能なレベルでした.パラメータとは比喩的に言えば,車をコントロールするためのハンドルやボタンのようなものです.その数が40個弱あるということは,それらのパラメータを全てうまく調整しないと再現ができないということでもあります.その意味でも,この数理モデルは確かにPCPの一つの側面を再現することには成功していますが,PCPの本質を抽出するモデルとしては,(湯川ではなく,少なくとも平凡な脳みそしかない私には),Heavy過ぎました.

 そこで私は,秋田大学の分子生物学者の山崎正和博士,鮎川友紀博士等とともに,PCPの本質を知るために2012年頃から共同研究を開始しました.どのように研究を進行し,どのように数理モデル化したかを,ここで述べることは難しいですが,端折って言えば,数学もしくは数理センスを用い,10変数を1変数まで落とし,さらにパラメータの数も数個程度のモデルを作り出したのです.この1変数モデルでも,野生型,変異型を再現できるだけなく,我々が新たに見つけた新規の現象に関しても矛盾なく説明ができるものでした.もし,興味が有る方はこちらの論文(参考文献2)をお読みください.さらに,1変数モデルまで式が簡単になったことにより,数学の得意とする厳密性にまで,議論を踏み込むことができるようにもなりました.その結果,どのような細胞の配置ならば,どのような毛の配向性になり得るかなどを数学的に証明することもできるようにもなりました.また,この一連の研究を通して,PCPの本質が “磁石的な相互作用と非常に似ていること”までわかったのです(※4).まとめとしては,PCPを説明可能な10変数の数理モデルが先行研究としてあったものの,複雑でPCPの本質がわかりにくかったのですが,数理的に迫ることで,1変数まで簡単化でき,そこから,PCPはほぼ磁石であるという本質を抽出できたということになります.

 最後に,それでは現象解明にはどのような数学が有効なのでしょうか.数学は自然界の記述言語の側面を持っていることから,上記のような数理モデルを主軸に研究を展開してきました.ところが,数理モデルは現象に依って変わりますし,作成者の意図によっても形が変わります.センスの良い数理モデルは現象解明への手引きとなりますが,逆もあり得ます.従って,「この数学を使えば万能」というものを見出すことは難しいでしょう.けれども,PCPの例でもわかるように,経験上,数理モデルはシンプルなものほどよい結果をもたらすように感じています.これは,実際の現象においては,見かけ上は複雑に見えても実は 内部構造としては簡単な要素の組み合わせで生じているケースが多いことが,原因ではないかと考えています.逆から言えば,複雑な現象を複雑なまま数理モデル化するのではなく,シンプルな形になるように数理モデルを工夫し続けることが大切なのではないかと考え,数学を使って他分野のことを日々研究をしています.これが私の仕事です.

注釈

  1. 一般の読者のために,「同定」とはどのようなことを指すか解説します.生物は究極的には遺伝子DNAから成り立っています.そこで,遺伝子操作技術でDNAの一部を破壊もしくは置き換えたりして毛の配向性にどのような変化が生じるかを網羅的に調べます.もし,あるタンパクを作る遺伝子に欠損が出た場合に,毛の配向性にだけ変化が見られれば,そのタンパクは“重要”だということになります.このようなアプローチは,一般的には大変な実験なのですが,ショウジョウバエでは遺伝子操作技術が飛躍的に発展してきたこともあり,「PCPにおける重要なタンパク群」がわかったのです.
  2. 正確には,コアタンパクとその複合体を含んでいます,詳細は論文をお読みください
  3. 正確には10変数の偏微分方程式系です
  4. こちらに関しての詳細は「ショウジョウバエの翅毛パターンに関する数理モデルについて」, 秋山正和, 数学セミナー (日本評論社),2015年2月号, 通巻640号 をお読みください

参考文献

  1. K. Amonlirdviman et al, (2005). Mathematical Modeling of Planar Cell Polarity to Understand Domineering Nonautonomy. Science VOL 307, pp.423-426.
  2. T. Ayukawa, M. Akiyama, J.L. Mummery-Widmer, T. Stoeger, J. Sasaki, J.A. Knoblich, H. Senoo, T. Sasaki, and M. Yamazaki, Dachsous-Dependent Asymmetric Localization of Spiny-Legs Determines Planar Cell Polarity Orientation in Drosophila. Cell Reports, 8(2): pp. 610 - 621, 2014

(数学科 秋山 正和)